広報誌HOPE Plus

事業管理者のつぶやき

Chapter137.冷蔵庫の扉 NEW

市立芦屋病院事業管理者 佐治 文隆

皆さんは冷蔵庫の扉にメモやマグネットを貼っていませんか? インテリアデザイナーによるとこれはNGだそうです。たしかに見た目もよくないですし、メモを貼ると掃除もしにくくなって、汚れの原因にもなりますね。とは言え私自身も扉ではありませんが、冷蔵庫の側面にベタベタとメモをマグネットで貼っています。分別ゴミ出しの日、子供達の連絡先、水まわりや電気関係の修理先などキリがありません。多くの人も私同様と見えて、インターネット通販サイトには「冷蔵庫マグネットメモ」の検索で何千もの商品が紹介されてきます。

イギリス生まれでのちにカナダに移住した詩人アリス・カイパース(Alice Kuipers 1979〜)の小説「冷蔵庫のうえの人生(Life on the refrigerator door)」は、文字通り冷蔵庫に貼られたメモのような往復書簡から成っています。シングルマザーで産婦人科医の母エリザベスは多忙な病院勤務に追われて、15歳の娘クレアと直接話し合う機会がありません。そこで冷蔵庫のドアにメモを互いに残してコミュニケーションをとります。「おかあさんへ(原文ではMom)・・・」「クレアへ・・・」で始まるメモには、日常の買い物リスト、作った料理の感想、お小遣いの請求、娘のボーイフレンドの話など他愛もない話も続き、相手を気遣う文面に仲の良い母娘の情が微笑ましく感じられます。しかし、物語が進むにつれて実の親子ならではの感情のぶつかり合いも当然生まれて、喧嘩をしたり、すぐ反省したり、あるいは愚痴を言い合います。

ありきたりの生活に大きな変化が現れるのは母親を襲ったがんの発病です。産婦人科医として出産に立会い、生命の誕生を日常茶飯事とする母親が、生命の危険もある患者として乳がんの検査、検査結果、診断と治療に進む過程での限りない不安と疲労、その一方では娘に心配をかけたくないと思う気持ちが混じり合ってメモが認められます。クレアの16歳の誕生日には彼女の誕生の様子を母親が長々と記し、いかに愛されていたかを知らしめます。クレアはボーイフレンドへの惚気を書き連ねて、恋人への移行を感じさせますが、やがて交際が破綻して悲嘆にくれるかと思えば、また仲直りして幸せ感まるだしです。母親の病が進行するなかで、クレアの将来に希望が持てそうなのは私たちにとっては救いです。

この秋「冷蔵庫のうえの人生」が音楽朗読劇3部作として県立芸文ホールで公演されました。それぞれ「大好きなお母さんへ」「母と娘をつなぐ言葉」「愛しいクレアへ」のタイトルで、いずれも副題として「〜冷蔵庫のうえの人生〜」が付いています。この3部作は主演の母親役とクレア役がトリプルキャストで、伴奏のピアニストも大貫祐一郎と林正樹が日替わりで出演しました。それどころか演出も須藤黄英と石丸さち子のダブルキャストでした。「大好きなお母さんへ」は水夏希と土井ケイトが、「母と娘をつなぐ言葉」は彩吹真央と木下晴香が、「愛しいクレアへ」は一路真輝と藤野涼子がそれぞれ母娘を演じました。母親役はいずれも宝塚歌劇団のトップスターで朗読はもちろん歌も芸も文句なしで、娘役も芸達者ぞろいです。

私は「母と娘をつなぐ言葉」と「愛しいクレアへ」を観る機会がありました。ストーリーは当然のことながら同じでしたが、演出の違いを反映していずれの舞台も興味深く、「大好きなお母さんへ」も観ておけばよかった思ったくらいです。「母と娘をつなぐ言葉」はどちらかといえばシンプルで原作に忠実な印象を受けましたが、「愛しいクレアへ」は音響や視覚に訴える演出が目立ちました。加えてお母さん役の一路真輝に華があり、歌唱力も抜群でした。地味な衣装でもオーラを感じさせるあたり、さすが大女優の実力です。原作者のアリス・カイパースが詩人なので、それぞれの短いメモ(セリフ)の中にも「詩」を感じさせる作品でした。

(2020.11.1)