広報誌HOPE Plus

事業管理者のつぶやき

Chapter110.有線七宝 NEW

市立芦屋病院事業管理者 佐治 文隆

アクセサリーや工芸品に使われる七宝焼きの歴史は古く、紀元前の中近東で製作技術が開発され、日本へはシルクロードを経て伝えられたと考えられています。古代エジプトのツタンカーメン王の黄金の仮面に七宝焼きの技法が用いられており、わが国では飛鳥時代の古墳で最古の七宝製品が出土しています。歴史の長い七宝焼きではありますが、明治時代の一時期に製作技術が驚異的に発達し、その作品の多くが美術品、芸術品として欧米に輸出され、ジャポニズムブームもあって高額で取引されたといいます。日本の七宝焼き技法をそこまで高めて、この分野を牽引したのが偶然苗字の読みが同じ「二人の『なみかわ』」と呼ばれる人物です。東京を中心に活躍した濤川惣助(なみかわ そうすけ)は無線七宝の技術を発明し、有名になりました。一方、京都で活躍した並河靖之(なみかわ やすゆき)は近代七宝の原点である有線七宝の技法を極め、これを向上させました。

京都東山の街並みに、落ち着いた佇まいを見せる並河靖之七宝記念館を訪れました。記念館は並河靖之が居住し、七宝業を営んだ邸宅で、国登録有形文化財や京都市の各種文化的建造物にも指定されている京町屋です。旧工房や旧窯場も保存され、訪れた日は七宝教室が開かれていて、参加者が真剣な表情で取り組んでおられました。七宝は金属や陶磁器の素材にガラス質の釉薬をのせて高温で焼き付け、磨きをかけたものです。有線七宝は金や銀の細いリボン状の金属線を、下絵の輪郭に沿って仕切りとして貼り付け(植線)、その線と線の間に釉薬を流し込んで焼成、研磨を繰り返し、手間もかかりますがその分繊細な仕上がりが得られます。このため英語で七宝焼きをenamel(エナメル)といいますが、有線七宝はフランス語由来の「区切りをつける」という意味のCloisonne(クロワゾネ)と別称され、並河の作品は西洋のクロワゾネを卓越する技法と評価されています。

展示された有線七宝の作品の数々には、その細やかさ、発色の美しさに圧倒されます。花瓶、壺、香炉、煙草入れ、皿、小屏風などの器胎(素地)に描かれた色彩鮮やかな花鳥、水墨画のような風景など想像を絶する技巧です。並河靖之は宮家(久邇宮朝彦親王)の家従をつとめ、のちに七宝家として帝室技芸員となったせいか、作品に菊の紋様が多く見られます。並河七宝の多くは海外に流出したため、今では希少となった貴重な作品が展示されている旧邸の縁側から美しい庭を臨めます。あいにくの雨でしたが、それはそれで造園家「植治」七代目小川治兵衛が手がけた琵琶湖疏水を導いた池をはじめ、植栽、灯籠、手水鉢などこだわりを随所に見せる記念館庭園はしっぽりとした趣が見られ、さすが京都市指定名勝を受けるだけのことはあると感じました。

並河家で七宝業に就いたのは靖之一代限りで、子孫は代々医者です。私の大学医学部同級生で芦屋市出身の医師が並河家に嫁ぎ、靖之の曽孫である老年科医の夫の志を継いで、並河靖之有線七宝記念財団理事長と記念館館長を務めています。

(2018.8.1)