広報誌HOPE Plus

事業管理者のつぶやき

Chapter103.犬は安産?

市立芦屋病院事業管理者 佐治 文隆

今年2018年の干支は戊戌(つちのえいぬ)で、戌は犬のことです。犬のルーツはオオカミというのが定説で、数万年前から犬は家畜として人類と深い関係を保ってきました。犬・猫と対で扱われることの多い猫も5千〜1万年前に家畜化したようですが、そのサイズや種類は圧倒的に犬が優勢で、小型犬から大型犬まで一説では約800種もあるといいます。人の性格を犬人間と猫人間に二分するテストなどもありますが、犬タイプは、社交的で周囲に合わせて集団行動を好み、のんびり屋の一方ではっきり物をいう献身的なタイプだといいます。

人間と関わりの深い犬だけに、古今東西犬にまつわる表現やことわざも少なくありません。「犬も歩けば棒に当たる」は、いろは歌留多のいの一番に出てきて「犬棒歌留多」の別名があるくらいです。これには、出しゃばると思わぬ災難に遭うという意味と、あちこち出歩いていると意外な幸運に巡り会うとの二通りの解釈があります。最近では後者つまり幸運との出会いを表すようです。「犬骨折って鷹の餌食」は、鷹狩りで犬が追い出した獲物を鷹に横取りされることを言い、「トンビに油揚げ」「骨折り損のくたびれ儲け」を意味します。犬にとって決していい表現ではありません。また「一犬(いっけん)影に吠ゆれば万犬(ばんけん)声に吠ゆ」は、一匹の犬が何かの影におびえて吠えだすと他の犬も一緒になって吠えたてることから、一人が不確実なことを言い出すとそれを世間が広めてしまうという意味で、中国の古典に基づいています。ここでも犬は不名誉な使われ方です。「吠える」といえば、英語のことわざで「A barking dog never bites.(吠える犬は決して噛みつかない)」があります。臆病な人間や愚かな人間は大声をあげて虚勢を張るという意味で、英語のことわざでも犬は軽蔑され悪い意味に使われることがほとんどです。

しかし英語でも「A live dog is better than a dead lion.(生きている犬は死んだライオンよりましだ)」の表現があり、犬が名誉回復しています。いくら百獣の王でも死んでは一文にもなりません。このことわざで、第二次世界大戦中にドイツ軍にドーバー海峡ダンケルクに追い詰められた英仏連合軍の、イギリスへの決死の脱出を描いた映画「ダンケルク」を思い浮かべました。官民あげての撤退作戦で、武器を捨てほとんど丸腰とはいえ、数十万人の兵士が奇跡的にイギリスに帰還出来ました。惨めな敗残を悔やむ兵士に対して、市民が「生きて帰っただけで十分だ」という言葉が印象的で、まさに「a live dog」です。彼らが生還したからこそ、のちのノルマンディー上陸・反攻につながったのです。

犬は安産と信じられています。思うに人間にとって身近な存在の犬が、人の助けもなしに何匹もの仔犬を次々と出産する様子を見てきたからでしょう。戌の日に安産祈願の寺社にお参りする妊婦もたくさんいます。私の若い頃など産婦人科に乳業会社や製薬会社がノベルティとして持参するカレンダーには、必ず戌の日にスタンプが押されていました。妊婦が助産師に腹帯指導を受ける日は、たとえ象牙の塔の大学病院であっても戌の日だったからです。もちろん科学的根拠はありません。安産と信じられている犬であっても、犬種によっては帝王切開でないと出産が不可能な犬がいます。とくにペットとしての犬は品種改良が進み、母体骨盤や胎仔頭部のアンバランスから自然分娩が困難で難産になる症例が増えてきています。犬の安産伝説も不変ではありません。

(2018.1.1)